帝塚山マイコン倶楽部 since 1984

BitMap Family Syndicate は1984年に大阪に設立された帝塚山マイコン倶楽部のメンバーが核になって作ったIBMPC互換の国際標準PCとモービル・コンピューティングの為のグローバルなライターグループです。




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●帝塚山マイコン倶楽部 年表

1984年 大阪住吉区帝塚山で富士通FM−7のユーザーが集まってTMC「帝塚山マイコン倶楽部」を設立

1985年 メンバーの多くが日本電気PC9801に機種変更し、自営のパソコン通信ホストとしてTMCNET「帝塚山マイコン倶楽部ネットワーク」を構築。ホストはFDドライブ2基のNEC PC9801F2で、会員からの真夜中のアクセスではFDの動作音でよく目を覚まさされました

1986年 8月 日経バイト誌にTMCHOSTプログラムを日本初のフリーウエアBBSホストプログラムとして提供、日本の各地にTMCHOSTをベースとしたパソコン通信ホスト局が開局 ホストPCとしての稼動保証はIBM5550、PC9801、IBM−JXでした。 同年、当時パソコン通信のバイブル的存在だったアスキー「パソコン通信・実践編」に帝塚山マイコン倶楽部が紹介されました。当時、多くのメンバーは当時キャッシュでも70万円以上したマッキントッシュにはまり、大金をつぎ込みました。メンバーで交代で連載を担当していた当時の「マックライフ」の原稿収入など勿論なんの足しにもなりませんでした。当時、我々はマックのPDSを日本で一番沢山持っていたのが自慢でした

1987年 メンバーの多くが当時既に世界標準機の風格のあったIBM PCに傾倒。ある者は通信ソフトウエアの奥の深さから、ある者はプログラミング言語の多彩さから、ある者はオープンなハードウエアの設計思想の素晴らしさから、ある者はゲームの面白さから、ある者はPDS(パブリック・ドメイン・ソフト)の素晴らしさから、、、、我々の多くは10年前から現在の日本のPC市場を確信していました。あのころのメンバーには、最近ではデジタルカメラにはまっているWIN/Vの開発者の西川和久さんや、長年、日経バイトの主催するパソコン通信「日経MIX」でラップトップ・フォーラムの議長を勤めたり、インラインカプラーの考案者の一人である西島範明さんなどがウロウロしていました

1988年〜1989年 帝塚山マイコン倶楽部 内は、既にIBM PC/AT一色でした。
1990年 遂にDOS/V発表。 世界中のハードやソフトが使える時代に突入。
1993年 IBMのThinkPad220発売をきっかけとしてモービル・コンピューティングが着実に広がる。


●現在のビットマップ・ファミリー・シンディケート

現在のメンバーは10人以上(多分)、DOS/Vマガジン(ソフトバンク)、DOS/Vパワーレポート、デジタルグッズ(インプレス)、PCWave(電波実験社)、等の月刊誌をはじめ、多くの単行本に定期的に執筆。日本国内は勿論、米国ニューヨーク、ノースカロライナ、シリコンバレーに駐在のメンバーが多数いる。当然メンバーの多くはコムデックスやPC Expo、その他のPC関連コンベンションに10回以上参加しているロードウオーリアばかり。変な製品が出たり、新しいトレンドの影には我々ビットマップ・ファミリー・シンディケートアリ?!。 インターネットで世界中の情報が即座に手に入る時代になったとはいえ、道具を使うユーザーの厳しい目と道具をおもちゃに変えるあそび心が時代をエキサイティングに変えていく。 我と思わん者は来れ!